新年に長建寺に参拝した・2026年
1月上旬に京都市伏見区の金札宮に参拝した後、南に約15分歩き、長建寺にも参拝しました。 島の弁天さんの愛称で親しまれる当寺は、巳年の昨年、多くの参拝者が訪れたものと思われます。 年が変わり、午年の今年は、どれくらいの人が弁天さまに福を授かりに訪れるでしょうか。
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1月上旬に京都市伏見区の金札宮に参拝した後、南に約15分歩き、長建寺にも参拝しました。 島の弁天さんの愛称で親しまれる当寺は、巳年の昨年、多くの参拝者が訪れたものと思われます。 年が変わり、午年の今年は、どれくらいの人が弁天さまに福を授かりに訪れるでしょうか。
1月上旬に京都市伏見区の大黒寺に参拝した後、道路を挟んだ東隣に建つ金札宮にも参拝しました。 金札宮とは、新年にお参りしておくと1年間良いことがありそうな縁起が良い名ですね。 もちろん、いつお参りしてもご利益を授かれますが、年の初めに参拝することで大いにご利益が期待できそうに思えます。
1月上旬に京都市伏見区の墨染寺に参拝した後、南に約30分歩き大黒寺にも参拝しました。 道に迷わなかったら20分で行けたんですけどね。 大黒寺は、その名のとおり大黒天を祀っているお寺。 新年の早い時期にお参りしておけば、今年1年間、福に恵まれるだろうと期待して訪れた次第であります。
1月上旬に京都市伏見区の藤森神社に参拝した後、南西に約7分歩き、墨染寺(ぼくせんじ)にも参拝しました。 墨染寺を訪れるのは久しぶり。 春の桜の時期にお参りすることが多く、新春に来たことはないですね。
1月上旬。 京都市伏見区の藤森神社(ふじのもりじんじゃ)に参拝しました。 藤森神社は、勝運のご利益を授けてくれ、馬の神社としても崇敬されていることから、午年には初詣に行っておきたいところ。 でも、12年前の元日に訪れたら本殿にお参りするまでに約1時間かかったので、今回は三箇日が過ぎて人が少なくなってから初詣に行くことにしました。
12月下旬の夕方。 京都市伏見区の与杼神社(よどじんじゃ)に参拝しました。 与杼神社には、2本の背の高いイチョウが植えられており、晩秋に黄葉した姿を見られるのですが、今年は見逃してしまいました。 さすがに12月も終わりが近いので、黄葉は残っていないだろうと思ったのですが、近くを通りかかったのでお参りしていくことにしました。
京都市伏見区の京阪淀駅を西に出るとバスターミナルがあります。 そのバスターミナルから横断歩道を西に渡ってすぐの場所に雨庭が作られているのに気づきました。 最近、京都市内で雨庭が増えていますね。
京都市内にある城郭は天守閣が現存していないものがよくあり、伏見区の淀城跡公園もその一つです。 それでも、石垣や堀が残っており、往時の面影をとどめ、今は淀城跡公園として近隣住民に親しまれています。
京都市伏見区には多くの酒蔵が建ち並んでいます。 酒蔵が建つのは、その地で酒造に適した水を利用できるからであり、伏見も古くから名水が湧き出す地として有名でした。 その伏見の名水ですが、昭和初期に地下鉄工事計画が持ち上がった際、存続が危ぶまれました。
慶長3年(1598年)に催された醍醐の花見は、豊臣秀吉の最後の派手な行事となりました。 正室の北政所や側室たちを連れ、総勢1300人で花見をしたということですから、太閤秀吉の栄華がよくわかる話です。 また、秀吉は、応仁の乱(1467年)で、ほとんどの建物を失った醍醐寺を花見を機に再興し、世界遺産に登録されるほどのお寺にしています。 だから、醍醐寺にとって秀吉は大恩人なのですが、一方で、彼が催した醍醐の花見がきっかけとなって牢屋に入れられた人物もいました。 その人物は、江戸時代の絵師喜多川歌麿です。