
豊国神社の近くにある明治天皇御小休所下京第二十七区小学校阯の石碑
京都市東山区の正面通に耳塚があります。 耳塚は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、日本の兵が朝鮮や明国の兵たちの耳や鼻を削いで日本に送った際に埋葬した塚です。 その耳塚の東隣には公園があります。 公園の片隅には、2つの石碑が置かれており、どちらも、ここが明治天皇御小休所(めいじてんのうごこやすみどころ)と下京第二十七区小学校があった場所だと伝えています。
京都市東山区の正面通に耳塚があります。 耳塚は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、日本の兵が朝鮮や明国の兵たちの耳や鼻を削いで日本に送った際に埋葬した塚です。 その耳塚の東隣には公園があります。 公園の片隅には、2つの石碑が置かれており、どちらも、ここが明治天皇御小休所(めいじてんのうごこやすみどころ)と下京第二十七区小学校があった場所だと伝えています。
京都市上京区にある京都御所は、元弘元年(1331年)に光厳天皇(こうごんてんのう)が即位して以降、天皇の住いである内裏(だいり)となりました。 かつて、平安京の大内裏は、現在の京都御所よりもっと西にあり、二条城が建つ辺りでした。 その大内裏の中に内裏があったのですが、火災に遭うたびに貴族の邸宅を仮の内裏として一時的に利用していました。 この仮の内裏を里内裏(さとだいり)と言います。 そして、元弘元年に土御門東洞院殿(つちみかどひがしのとういんどの)を里内裏として以来、明治2年(1869年)まで御所として使われ続けました。
10月初旬。 京都市上京区にある京都御苑を散策しました。 京都御苑は、京都御所、大宮御所、京都迎賓館がある大きな敷地で、上京区では定番の観光名所です。 たくさんの植物が植えられているため、四季折々の風景を楽しむことができるのも京都御苑の良いところです。
10月初旬に京都市上京区の大聖寺(だいしょうじ)を訪れました。 大聖寺は、京都御苑の北西にあるお寺なのですが、観光で訪れる人は非常に少ないです。 普段は非公開なので、そもそも大聖寺というお寺の存在を知る人がほとんどいません。 当寺は、山門をくぐってすぐの場所に多くの萩が植えられています。 建物の中に入ることはできませんが、萩を見ることはできるんですよね。
10月初旬に京都市上京区の梨木神社(なしのきじんじゃ)に参拝しました。 梨木神社は、9月中旬から下旬にかけて、参道や境内でたくさんの萩が花を咲かせます。 例年だと10月に入れば萩の見ごろは終わりに近づくのですが、2018年は京都市内の萩の開花が遅めだったことから、まだ萩を楽しめるだろうと思い梨木神社を訪れました。
10月初旬。 京都市左京区の常林寺に参拝しました。 常林寺は、萩の寺として有名で、初秋になると境内一面を萩が覆い尽くします。 萩は、花が小さく華やかさに欠けるのですが、常林寺のように多くの萩が植えられていると、とても見ごたえがあります。
10月初旬。 京都市中京区の行願寺に参拝しました。 行願寺は、都七福神めぐりの寿老人を祀るお寺で、御朱印を授かりにお参りに訪れる人をよく見かけます。 この時期の行願寺では、フジバカマを見ることができます。 今回の参拝は、その藤袴を見ることが目的であります。
9月下旬。 京都市東山区の豊国神社に参拝しました。 豊国神社は、その名からも想像できるように豊臣秀吉を祀っている神社です。 豊臣秀吉は、百姓から武士になり天下を統一した武将として有名ですから、豊国神社は出世開運のご利益を授けてくれると信仰されています。 職場での出世を目標とされている方は、お参りしておきたいですね。
9月下旬の小雨が降る日。 京都市東山区の妙法院に参拝しました。 妙法院は、三千院、青蓮院(しょうれんいん)とともに天台宗の三門跡寺院に数えられる格式の高いお寺です。 他の2つは、境内に入るのに拝観料が必要ですが、妙法院は境内に入るのに拝観料は必要ありません。 そのため、近くに来た時に気軽に立ち寄ることができるのです。
9月下旬。 京都市東山区の智積院(ちしゃくいん)に参拝しました。 智積院は近年、花の寺として知られるようになっており、四季を通して様々な花を見ることができます。 今の時期は、境内でヒガンバナが咲く頃。 キキョウもまだ残っていると思います。