9月初旬に京都市上京区の妙顕寺に参拝した後、東に5分ほど歩き、本法寺を訪れました。
本法寺の近くは、表千家家元邸や裏千家家元邸が建っており、昔ながらの京都の風景が残っています。
海外からお越しになる方に喜ばれそうな場所ですが、本法寺の近くで海外からの旅行者の姿を見かけることはほとんどないですね。
まだ、ガイドブックなどで紹介されていないのでしょうか。
曇り空の境内
本法寺には、市バス停「天神公園前」から南に3分ほど歩くと到着します。
バス停からだと、西側から境内に入ることになりますが、本法寺は、東側の仁王門から境内に入りたいですね。
表千家や裏千家の邸も、仁王門近くにありますよ。
仁王門にはわらじもかかっているので、こちらも見ておきたいですね。
仁王門から境内に入ります。
先ほどまで晴れていた空が、今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした雲に覆われてきました。
参道の途中に摩利支天を祀っているお堂が建っているので、お参りをしましょう。
本法寺の摩利支天は、気力、体力、財力の守護神として諸天善神中、最も霊験顕著とのこと。
それなら、心身ともに充実するよう、ついでに懐具合も良くなるよう、しっかりとお願いしておきましょう。
本堂の中央やや西にどっしりと建つ本堂。
本堂にも、しっかりとお参りしておきましょう。
本法寺は、洛中法華二十一ヵ寺本山のひとつで、永享8年(1436年)に日親上人を開基として本阿弥清信が四条高倉に創建したのが始まりです。
日親上人は、同11年に立正治国論を著し、これが時の将軍足利義教(あしかがよしのり)の怒りを買います。
他の宗派を棄て、法華経によって国土を治めるべきことを説いた日親上人は、足利義教に捕らえられ、焼けた鍋を頭にかぶらされる拷問を受けました。
後に日親上人は許され、本法寺を再興し、鍋かむり日親と称されるようになります。
本阿弥清信と出会ったのは、投獄中だったともいわれています。
朱色が美しい多宝塔ですが、曇り空の下だと薄暗い写真になってしまいます。
多宝塔の北に建つ開山堂。
北の空には、まだ青空が見えます。
境内の南側には、鐘楼が建っていますよ。
無人の参道が寂しいですね。
空が曇っているので、一層寂しく感じます。
境内の北西に建つ庫裡(くり)。
ここから、庭園の拝観ができます。
本法寺の庭園は、三巴の庭と呼ばれており、本阿弥清信の曾孫の本阿弥光悦によって造営されました。
本阿弥光悦は、北区の鷹峯に建つ光悦寺と縁がありますが、ここ本法寺も本阿弥家の菩提寺です。
そう言えば、三巴の庭をまだ鑑賞したことがないですね。
またの機会に拝観しましょう。
本堂の裏側にやってきました。
本法寺の本堂は大きいですが、後ろから見た方がさらに大きく見えますね。
私が本法寺にいる間、参拝者は他に2人だけでした。
混雑することがないお寺なので、いつも静かにお参りできますね。
この後は、妙蓮寺にフヨウを見に行きます。
なお、本法寺の詳細については以下のページを参考にしてみてください。