鴨川に架かる三条大橋は豊臣秀吉が天正17年(1589年)に架けた日本初の石柱橋です。
その後、明治13年(1880年)の架け替えを経て昭和25年(1950年)に現在の三条大橋が完成しています。
そして、令和6年(2024年)1月には補修工事が完了し、木製高欄、舗装、防護柵の更新が実施されました。
歩道と防護柵のデザイン
それを記念した石碑と寄付金寄贈者の芳名が記された看板が、三条大橋の東のほとりに設置されています。

三条大橋の東のたもと
石碑には、どのような工事を施したのかが解説されており、それを読んだ後に橋を渡りながら、細部を確認するのも楽しいものです。
歩道を渡る際、まずは足元に注目。

三条大橋の歩道
全体が灰色なので気づきにくいですが、よく見ると市松模様のブロックがはめ込まれているのがわかります。

市松模様
歩道の色は、銀鼠(ぎんねず)色というそうで、市松模様は、繁栄の意味が込められているとのこと。
補修当初は、高欄の白木がきれいでしたが、2年間の風雨にさらされ、シミやくすみが見られるように。

高欄
高欄に使われているのは、みやこ杣木(そまぎ)と呼ばれる京都市内産のヒノキとのことで、こういうところに地元の素材を活かそうとの意気込みが感じられますね。
歩道と車道を区切る防護柵もよく見ると装飾が施されているのがわかりますが、腰より低いので、普通に歩いていると気づきにくいです。
歩きながらだと、向かい側の防護柵の方が見やすいですね。

防護柵と高欄
防護柵には、等間隔に檜皮(ひわだ)色の石柱も設置されています。
太陽が光を放っているような防護柵の模様は、魔除けと成長を願う意味の麻の葉模様。

防護柵の模様
以前の防護柵は、縦に棒が並んだどこにでもあるようなフェンスでしたが、補修後の方が趣向が凝らされていて見栄えが良い。
デザインは、家村浩和京都大学名誉教授を座長とし、学識経験者、地元関係者等により設置された「三条大橋デザイン検討会議」において、川崎雅史京都大学教授の監修のもと、検討されたものです。
ただ、傷んできたから補修したという代物ではないんですね。
擬宝珠は以前のまま
高欄に使われている装飾は、補修前に使用していたものをそのまま利用しているように見えます。

高欄の装飾
擬宝珠も、以前のものを使用しており、「天正十八年」や「豊臣」の字が刻まれているのがわかります。

天正年間の擬宝珠
そして、池田屋事件で擬宝珠に付いた刀傷も、修復されることなくそのまま使用。

擬宝珠の刀傷
車道も以前よりきれいになり、自動車が走りやすそうですね。

三条大橋の車道
三条大橋を渡る際は、ぜひ、どのような補修が行われたのかを確認してください。
細かいところに新たな発見がありますよ。