1月中旬に京都市左京区の須賀神社に参拝した後、向かいにある積善院凖提堂(しゃくぜんいんじゅんていどう)にも参拝しました。
積善院凖提堂は、節分の日になると周囲で節分祭が盛り上がるので、この時は多くの参拝者が訪れますが、それ以外は人が少なく静かにお参りできます。
灯籠に入った狛犬
積善院凖提堂には、京阪電車の神宮丸太町駅から東に約12分歩くと到着します。
石畳の参道に入ります。
参道の両隣は駐車場になっています。
五大力尊と書かれた赤色ののぼりが立っていなければ、お寺だと気づきにくいですね。
変わった造りの山門。
山門には、2月23日に行われる五大力尊法要の案内が出ていました。
山門をくぐって境内に入ると、拝殿が建っています。
そして、拝殿の奥に本堂が建っているので、お参りをしましょう。
この日は、本堂に上がって仏像などを拝めるようになっていましたよ。
積善院凖提堂は、積善院と凖提堂が明治の初めに合併したお寺です。
本堂には、寛永年間(1789-1801年)の作である凖提観音像と鎌倉初期の作である不動明王像を安置しています。
本堂の西隣にも、お堂が建っています。
お堂の前には、2本の灯籠。
その灯籠の穴を覗くと、カラフルな狛犬がいました。
こんなところに狛犬がいるなんて、なかなか遊び心があるお寺ですね。
境内の北西にも、小さなお堂が建ち、その周囲には石仏や石碑があります。
お堂の近くの背が低い石仏たち。
こちらは、お俊伝兵衛恋情塚です。
これは、近松門左衛門の浄瑠璃「近頃河原達引(ちかごろかわらのたてひき)」にちなんだ石碑で、昭和27年(1952年)に義太夫節の名人である豊竹山城少掾(とよたけやましろのしょうじょう)、歌舞伎役者の中村雁次郎(なかむらがんじろう)や片岡仁左衛門らの発起によって建てられたものです。
お俊と伝兵衛が、近くの聖護院の森で心中しようとしたあらすじから、積善院凖提堂にこの石碑が建立されたようです。
拝殿脇のコケの上には、怖い顔をした鬼瓦が置かれていました。
鬼瓦の近くには、タヌキや丸まったネコの置物も置かれていますよ。
そろそろ積善院凖提堂から出ましょう。
境内には、誰もおらず、心静かにお参りできました。
この後は、西隣の聖護院に参拝します。
なお、積善院凖提堂の詳細については以下のページを参考にしてみてください。