5月上旬に京都市東山区の恵美須神社に参拝した後、近くの禅居庵(ぜんきょあん)にもお参りしました。
禅居庵は、建仁寺の塔頭(たっちゅう)で、鎮守として摩利支天を祀っています。
摩利支天は、イノシシをお使いとしていたことから、境内では、たくさんのイノシシを見ることができますね。
初夏の青空の下の境内
禅居庵には、京阪電車の祇園四条駅から南東に約6分歩くと到着します。
禅居庵の西側の入り口にやって来ました。
青空が、初夏らしい清々しさを感じさせてくれます。
入り口にいる狛猪。
夜になると、月に向かって吠え始めそうな態勢をしていますね。
門をくぐり境内へ。
人がいない石畳の参道をゆっくり東に向かって歩いていきます。
左手のお堂には、大きなイノシシとたくさんのミニイノシシがいますよ。
ミニイノシシは、亥みくじで、願い事や名前を書いて境内に奉納できます。
持ち帰ることもできますよ。
こちらは、摩利支尊天堂です。
堂内に入ってお参りできますが、今回は外からお参りすることに。
禅居庵は、元弘年間(1331-1334年)に小笠原貞宗が大鑑清拙正澄(だいかんせいせつしょうちょう)禅師を開山に迎えて創建したのが始まりです。
大鑑清拙正澄禅師は、中国福建省福州の生まれです。
時の執権北条高時に迎えられて鎌倉に行き、建長寺やその他の寺に入った後、京都の建仁寺に第二十三代住持として迎えられています。
その後、南禅寺住持となりましたが、やがて、禅居庵に退隠し、暦応2年(1339年)に66歳で亡くなりました。
禅居庵に祀られている摩利支天は、大鑑清拙正澄禅師が、元の国から伝えたもので秘仏とされています。
摩利支天は陽炎が神格化されたものです。
陽炎は、実体がなく、捕らわれて傷つけられることがないことから、戦国武将の間で信仰されるようになっていきます。
そのような信仰から、禅居庵の摩利支天は、開運勝利のご利益を授けてくれると伝えられていますよ。
手水鉢にいるイノシシ。
近づくと、口から自動的に水が流れ出すようになっています。
手水舎から、境内の東側へと続くゆずりあいの道に入ります。
ゆずりあいの道では、オオデマリが白色の丸い花を咲かせていました。
黄緑色の葉も初夏らしいですね。
境内の東側も、地面にコケが生え、黄緑色となっていました。
東側の門の近くも木々の葉とコケが初夏の風景を作り出しています。
カエデの新緑が日差しを浴び光り輝いていますね。
初夏は、植物が生き生きとして見えます。
帰りは東側の門から禅居庵を出ました。
亥年は、参拝者で賑わう禅居庵ですが、普段は人が少なく静かにお参りできます。
私が訪れた日も、ちらほらとしか参拝者を見かけませんでしたよ。
この後は、建仁寺に参拝します。
なお、禅居庵の詳細については以下のページを参考にしてみてください。