京都市中京区の錦小路通西洞院に亀龍院(きりゅういん)という小さなお寺が建っています。
亀薬師堂とも呼ばれるこのお寺は、観光寺院ではないので、参拝する人がとても少ないです。
でも、亀龍院には、浦島太郎伝説が残っており、とても興味深いお寺なのです。
狭い境内に建つ本堂
亀龍院は、地下鉄四条駅または阪急烏丸駅から、北西に5分ほど歩いた辺りに建っています。
ちょっと錦市場に寄り道して、いろんな食べ物を見ながら、錦小路通を西に歩いていきます。
最近の錦市場は、海外からの旅行者が多く、とても賑やかですね。
亀龍院に到着しました。
錦市場から少し離れた場所なので、この辺りには観光客の方の姿がないですね。
境内の入り口付近に車が駐車してあります。
おそらく、お寺の方の車なのでしょう。
その車の奥に本堂が建っています。
それでは、お参りをしましょう。
亀龍院のことを知ったのは、以前に紹介した「タイムトラベル もうひとつの京都」という本を読んでいる時です。
同書によると、都拾遺名所図会の中に以下の記述があるそうです。
亀薬師、寺内に安置す。金銅仏、一尺五寸ばかり。亀甲に立たせたまふ。古へ浦島太郎の子、竜宮より将来しけるとぞ
浦島太郎の子というのが浦島太郎のことを指しています。
亀薬師堂に安置されている金銅仏は、1尺5寸(約45cm)で、亀の甲羅に立っているそうです。
この金銅仏を拝もうと思ったのですが、本堂の戸が閉まっていたので実物を見ることができませんでした。
金銅仏は、浦島太郎が竜宮からもらったものだと伝えられています。
しかし、現在安置されている金銅仏は、近年に復元されたものです。
以前のものは、第2次世界大戦の混乱で所在不明になったのだとか。
それでも、復元された金銅仏は、お寺に残っていた写真を元に造られたものなので、原形に近い形で再現されているそうです。
何かの機会に拝んでみたいものです。
亀龍院は、延命山と号すお寺で、淳和天皇の勅命により、弘法大師が自作の愛染明王(あいぜんみょうおう)を安置し、「万民豊楽国家安穏」を祈念する道場としたのが始まりとされています。
棟木には、「天長六年酉八月建立」と記されているそうです。
天長6年は西暦829年なので、平安時代初期から続く由緒あるお寺なんですね。
境内には、本堂の他に入り口付近にもお堂がありました。
本堂近くには、小さなお地蔵さまもいらっしゃいましたよ。
交通安全と安産安全のご利益を授けてくれるようです。
亀龍院の近くには、交通量の多い烏丸通と堀川通があるので、交通事故に遭わないようにお願いしておきましょう。
お参りを済ませたので亀龍院から出ることに。
有名でないお寺にも、何かしらの伝説が残っているのが京都の興味深いところですね。