10月上旬。
京都市中京区の新京極通に建つ誓願寺に参拝しました。
新京極通は、いつも若者でにぎわう活気のある通りです。
そんな新京極通にも、所々にお寺や神社があり、お年寄りだけでなく、ショッピングや修学旅行で訪れた若者たちがお参りをしていく姿もよく見かけます。
山門脇の迷子みちしるべ
誓願寺の最寄り駅は、地下鉄の京都市役所前駅です。
駅から寺町通を5分ほど南下し、途中で東に曲がって広場を抜け新京極通に入ると誓願寺の山門が現れます。
山門の左側の石柱には、「迷子みちしるべ」と刻まれています。
これは、迷子や落とし物を探している人が、その内容を紙に記して貼るために使っていたのだそうです。
現在では貼り紙を見ることはありませんが、京都観光で新京極を訪れた時に知人や友人とはぐれた場合は、この迷子みちしるべに集合するようにしておくと良いでしょう。
山門をくぐって境内に入ると左に手水屋があります。
誓願寺の境内はあまり広くないのですが、本堂はとても大きく写真に全体を収めるのが難しいです。
石段を上り、本堂の中に入ってお参りをしましょう。
中には、金色の大きな阿弥陀さまがいらっしゃいます。
日中は、本堂の戸が開いているので、山門の外からでも、阿弥陀さまのお姿が見えますよ。
本堂の入り口の左の壁には、芸道上達を祈願して奉納された扇がたくさん並んでいます。
また、右の壁には、諸芸成就を祈願した参拝者の扇も並んでいます。
戦国時代の当寺の住職安楽庵策伝上人は、落語の祖と仰がれています。
そのため、芸事上達を祈願した参拝者が扇を納めるのだそうです。
山門脇の迷子みちしるべは、芸の道に迷った人も、誓願寺へ導いているのかもしれませんね。
境内のお地蔵さま
境内の南側に建つ小さなお堂には、北向地蔵尊が祀られています。
北向地蔵尊の正面には、2体のお地蔵さまもいらっしゃいます。
山門の南にあるのは、扇塚です。
扇塚の説明書によると、謡曲「誓願寺」では、和泉式部が歌舞の菩薩となって現れることから、能楽をはじめ舞踊など芸能の世界で尊崇され、江戸時代に誓願寺にお参りをするその筋の人が多くなったそうです。
江戸時代後期には、篠原流の舞踊家の間で誓願寺の和泉式部信仰があり、それを現代まで伝承した舞踊家がいました。
扇塚に扇子を奉納することには、このような歴史的な意味があるのだとか。
扇塚の下には、かわいらしい小さなお地蔵さまがいらっしゃいます。
境内の所々にいらっしゃるお地蔵さまにも、何か意味があるのでしょうか。
芸の道に迷った時は、誓願寺にお参りすると、何か良いひらめきがあるかもしれませんよ。
なお、誓願寺の詳細については以下のページを参考にしてみてください。