二条城の北は、平安時代、平安宮の内裏があった場所です。
その南東には一本御書所(いっぽんごしょどころ)と呼ばれていた施設がありました。
一本御書所は、天暦2年(948年)頃から貞信公記(ていしんこうき)などの文献に登場するようになります。
その役割は、世間に流布する書籍を一部ずつ書き写して保管していたとされています。
他に一本書と呼ばれる1冊しかない本を納めさせて保管していたという説もありますね。
歴史的事件としては、平治の乱(1159年)と深く関係しています。
山中油店の古風な外観
一本御書所跡には、現在、山中油店があります。
いかにも京都の老舗といった外観をしています。
この山中油店の一角に「平安宮一本御書所跡」の石碑が立っています。
平治の乱は、保元の乱(1156年)に勝利した平清盛と信西(しんぜい)が政治の中枢にいることを疎ましく思っていた藤原信頼と源義朝が起こしたクーデターです。
平清盛が熊野参詣で京都を留守にしている間に藤原信頼らが、三条東殿を襲撃して後白河上皇と二条天皇を一本御書所に閉じ込めました。
しかし、平清盛が京都に帰ってくると、後白河上皇と二条天皇は一本御書所を脱出。
上皇も天皇もいなくなった藤原信頼と源義朝は、戦いに敗れ、その後、平家の全盛期が訪れます。
一本御書所の石碑の近くには、大きな石が配置された池があります。
その近くには、一本御書所の説明書も設置されています。
説明書によると、陽明文庫本「宮城図」では、この付近を御書所と記しているそうです。
また、西宮記には、朔平門(さくへいもん)西の式乾門(しきけんもん)の内の東掖門(えきもん)に御書所があったとしています。
天皇の書物等を管理する内御書所(うちのごしょどころ)は、内裏内の承香殿(じょうきょうでん)の東片廂(ひがしかたびさし)にあったとのこと。
上の写真に写っている池は、道路に面しているので、山中油店の前の道路を歩けば誰でも見ることができます。
海外からの旅行者なら、この景色を見ただけで喜ばれるのではないでしょうか。
水車もありますね。
良い感じで古びた水車は、とても趣があります。
塀の外から中を少しばかり覗いてみると日本庭園のようなものもありました。
このような歴史を感じさせるお店が今も営業しているのが、京都の良いところですね。
なお、山中油店については公式ホームページが用意されていますので、どのような商品を扱っているのかを知りたい方はそちらをご覧になってください。