京都市右京区の嵯峨野に建つ清凉寺は、嵯峨釈迦堂という呼び名で親しまれています。
釈迦堂と呼ばれるのは、もちろん本尊として釈迦如来が祀られているからです。
清凉寺以外にもお釈迦さまを祀っているお寺はいくつもありますが、当寺のお釈迦さまは国宝に指定されるほど貴重なお釈迦さまです。
三国伝来の生身のお釈迦さま
清凉寺は、嵯峨野の道路を歩いていると、突然目の前に現れる仁王門がとても迫力があります。
この仁王門をくぐってまっすぐ進むと、本尊の釈迦如来像が祀られている本堂が建っています。
本堂内に入るには、拝観料400円が必要です。
中は写真撮影禁止です。
本堂に祀られているお釈迦さまは、三国伝来の生身のお釈迦さま。
インドから中国を経て日本に伝えられたので、三国伝来と言われています。
日本に伝えたのは、寛和元年(985年)に唐(中国)に渡った奝然(ちょうねん)上人です。
像の高さは、162cmで、釈迦37歳の生き姿を刻んだものです。拝観案内には以下のように記されています。
昔、お釈迦さまが生母である摩耶夫人(まやぶじん)に法をとくために忖 利天(とうりてん)にのぼられたとき、時の優塡王(うでんのう)や弟子達は慈母を失った子供のようになげき悲しんだ。そこで優塡王は、毘首竭摩(びしゅかつま)に命じて、栴檀(せんだん)の香木で釈迦生身の尊像を作らせたのである。90日後お釈迦さまが戻ってこられ、自分と寸分違わぬこの像をご覧になって、「私が亡きあとはこの像が私に替わって衆生(しゅじょう)を済度するであろう」と言って、大層お喜びになったという。
このような立派ないわれがある尊像をよくも日本に持ち帰ることができたものだと感心していたのですが、実は、清凉寺に祀られている釈迦如来像は、奝然上人が模刻したものだそうです。
とは言え、清凉寺に祀られている釈迦如来像も、国宝に指定されるほどのものなので、立派なことには違いはありません。
体内には、奝然上人が模刻した時に5人の中国尼僧が絹で作った五臓六腑が納められているそうです。
ただの言い伝えと思いそうですが、昭和28年(1953年)に調査した時に確認されているので間違いありません。他に本物のへその緒もあり、額にはレントゲン写真により銀でこしらえた一仏もはめ込まれているのがわかっています。
境内に立つ法然上人像
境内には、下の写真に写っている法然上人の像が立っています。
保元元年(1156年)。
法然上人は24歳の時に広く人々を救う仏教を求めて釈迦如来の前に7日間こもったそうです。
後に法然上人は浄土宗を世に広めましたが、24歳の時に釈迦如来と出会ったことが、そのきっかけとなったのかもしれませんね。
上の写真に写っている法然上人像は、24歳の時の姿だそうです。
清凉寺に訪れた時は、ぜひ本堂内も拝観し、釈迦如来にお参りしてください。
なお、清凉寺の詳細については以下のページを参考にしてみてください。