地下鉄蹴上駅近くのウェスティン都ホテル京都から三条通を西に少し歩いたところに仏光寺本廟が建っています。
以前に何度もこの辺りを散策したことがあったのですが、仏光寺本廟には訪れたことがありませんでした。
やはり、一度は訪れておくべきだろうと思って、ちょっと境内に入ってお参りしていくことに。
2本の松の木に挟まれた古跡
仏光寺本廟は、下京区にある仏光寺の別院で東山廟所とも呼ばれています。
境内には、親鸞の遺骨を納めた本堂と画像を納めた廟堂が建っています。
本堂と廟堂にお参りして境内から去ろうと思っていたのですが、廟堂の近くに2本の松に囲まれた石碑を発見したので、近付いてみることに。
看板の説明書には、三条小鍛冶(さんじょうこかじ)の古跡と書かれています。
三条小鍛冶とは、平安時代の刀匠の宗近のことです。
宗近は、一条天皇の宝刀小狐丸(こぎつねまる)を鍛えたことで知られています。
他にも天下五剣のひとつの三日月宗近を造ったのも宗近です。
三条小鍛冶の古跡が仏光寺本廟にあるのは、宗近がこの付近に住んでいたからなのでしょう。
ちなみに仏光寺本廟の所在地は粟田口鍛冶町です。
謡曲「小鍛冶」と合槌稲荷明神
仏光寺本廟の三条小鍛冶の古跡を見た時にふと思い出した場所がありました。
そこは、仏光寺本廟から西に3分ほど歩いた場所です。
ここには、合槌稲荷明神という小さな社が建っています。
建物と建物の間に朱色の鳥居のトンネルが建っていて、それをくぐって奥に進むと社殿が建っています。
先ほど紹介した宗近が鍛えた小狐丸と合槌稲荷明神は関係があります。
宗近は、一条天皇に刀の鋳造を命じられましたが、思い通りの刀を打てずに困っていました。
そこで、宗近は稲荷明神にお祈りをします。
すると童子に姿を変えた稲荷明神が現れて、宗近を助けるために合槌を打ちました。
そのおかげで、宗近は小狐丸を造ることができました。
相槌稲荷明神は宗近を助けた明神を祀ったものだと伝えられています。
今まで素通りしていて気付きませんでしたが、仏光寺本廟の建っている場所と合槌稲荷明神は三条小鍛冶と関係があったんですね。
なお、謡曲「小鍛冶」については、「日本語と日本文化」というWEBサイトの下記ページで詳しく説明されていますので、ご覧になってください。
追記
- 2016年8月31日:この記事の合槌稲荷明神の表記が一部「相槌稲荷明神」となっていたので修正しました。