二宮忠八と飛行神社

京都府八幡市の京阪電車八幡市駅から歩いて10分程度のところに飛行神社という神社が建っています。

その名のとおり航空安全のご利益があります。

日本で最初の飛行機を造った二宮忠八

飛行神社の創建は、大正4年(1915年)3月10日です。

創建したのは、二宮忠八(にのみやちゅうはち)。

飛行神社

飛行神社の外観

飛行機に詳しい方なら二宮忠八の名を知っているのではないでしょうか。

彼は、明治24年(1891年)4月29日にゴム動力のプロペラ式飛行器の飛翔実験に成功した人物です。

このプロペラ飛行器は、カラス型一号機と名付けられました。

そして、2年後の明治26年には、人が乗ることのできる玉虫型人力飛行器の設計を完了しています。

そこで、二宮は、日清戦争の際に、玉虫型人力飛行器を軍用機として使ってもらおうとしますが、理解が得られず断念します。

そのため、彼は出身地の愛媛県八幡浜に似た地名の京都の八幡に移り住み、飛行機の製作を独力で開始しました。

飛行機の製作から数年が経過し、遂に完成するかと思われた矢先の明治36年に、ライト兄弟の飛行成功の知らせが二宮の耳に届きます。

その後、彼は、飛行機の開発から手を引きました。

航空安全を願って飛行神社を創建

ライト兄弟の飛行成功によって、飛行機の利用が増えるようになります。

しかし、それに伴って飛行機の事故も起こるようになりました。

二宮が飛行機の開発から退いて10年ほど経った大正4年に、彼はその犠牲者の霊を弔うために私財を投じて神社を創建しました。

それが、飛行神社だったのです。

現在の神社の社殿は、二宮の次男である顕次郎氏によって平成元年(1989年)に改築されたものです。

境内には、飛行機に関係する様々なものが展示されています。

下の写真は、ジェット機のエンジンです。

航空自衛隊の主力戦闘機として採用されたものとのこと。

ジェット機のエンジン

ジェット機のエンジン

神社の境内の1階から2階に上がるとプロペラが展示されています。

下の写真のプロペラは、昭和58年10月に大阪湾魚場で漁師によって引き上げられたものです。

大阪湾で引き上げられたプロペラ

大阪湾で引き上げられたプロペラ

上の写真の他にもプロペラが展示されています。

プロペラのオブジェ

プロペラのオブジェ

2階には、プロペラの他に近代的は造りの本殿が建っています。

航空関係の仕事をされている方や旅行者の参拝が多いらしいです。

飛行神社の本殿

飛行神社の本殿

海外旅行などで飛行機に乗る際には、お参りしておくと良さそうですね。

なお、二宮忠八については下記のホームページで詳しく紹介されていますので、ご覧になってください。

  • 世界初のカラス型飛行器を発明した二宮忠翁が創設した飛行神社紹介ページです。 2015年5月10日追記:左記サイトは閉鎖しています。

また、飛行神社の詳細については以下のページを参考にしてみてください。