京都に限らず、街中を歩いていると小さな祠(ほこら)を見かけることはありませんか。
そういった小さな祠を見つけると誰が何のためにこんなところに祠を建てたのかとついつい考えてしまいます。
建てられた時期やその理由がわからない祠が多い中、京都市下京区の地下鉄五条駅と京阪清水五条駅の間で発見した小さな祠には、しっかりと由緒が書かれていました。
よく見ると小さくても立派
発見した祠は、万寿寺中之町のとあるマンションの前に建てられていました。
サイズは椅子くらいです。
しかし、よく見ると小さいながらもなかなか立派な造りをしています。
これがもっと大きければ、重要文化財と言われても納得してしまいそうですね。
もちろん、この小さな祠を見た時も誰が何のためにこんなところに建てたのかと思ったのですが、なんとこの祠には、しっかりと説明が記載された由緒書が吊るされていました。
上の写真が、その由緒書で万寿寺中之町由来調べと書いてありますが、字が小さくて読めませんよね。
簡単に要約するとこの祠は、京都五山の第五位に列せられた万寿寺と関係があるそうです。
万寿寺は、平安時代に白河上皇が六条内裏に建てた六角御堂が起源とされています。
その後、火災に遭い、高倉通の西、樋口小路(現在の万寿寺通)の南に移転し、付近には、万寿寺町や万寿寺中之町といった町名が残ったそうです。
由緒書を読んでいくと中ほどに「町内自慢の大日如来と地蔵菩薩」という項目が記載されていました。
そう言えば、祠の左右の提灯には、左に金剛界大日如来、右に延命地蔵大菩薩と書かれています。
読み進めていくと大日如来の大意が説明されています。
大日如来には、金剛界大日如来と胎蔵界大日如来の2種類が存在しており、前者は座像で胸前で左手の人差し指を立てて拳をつくり、その指を右手の拳で包み込む智拳印(ちけんいん)という印相をしているのが特徴だとか。
なるほど、一つ勉強になりました。
由緒書には、地蔵菩薩の大意も書かれています。
菩薩とは、悟りを求める者を意味します。当初は、悟りを開く前のお釈迦様をさしていましたが、後に真理を求めて修行する者全ての総称となったそうです。
これもまた一つ勉強になりました。
普段は、街中にある小さな祠は無視して歩いていたのですが、じっくりと見てみると意外な発見があるものですね。
またこういった小さな祠を発見した時は、しっかりと拝んでおきましょう。