護王神社を紹介しています。
由緒、見どころ、所在地、最寄駅などの情報を掲載。
護王神社
由緒
護王神社は、和気清麻呂(わけのきよまろ)とその姉の広虫(ひろむし)を祭神とする。
文覚上人が和気氏の氏寺であった神護寺を再興する際に清麻呂を護王善神として祀ったのが始まり。
その後、嘉永4年(1851年)に孝明天皇が和気清麻呂に護王大明神の神号を与え 、明治7年(1874年)に護王神社と改称、同19年に現在地に移転した。
ご利益
亥年の守護、足腰の病気平癒、厄除、子宝守護、安産
和気清麻呂
護王神社の祭神・和気清麻呂(733〜799年)は、皇位を奪おうとした弓削道鏡(ゆげのどうきょう)の野望を阻止した。清麻呂は、道鏡が宇佐八幡宮の神託により皇位を手に入れようとしたが、その神託が偽りであることを確かめたため道鏡の怒りに触れ、大隅の国(鹿児島県)に島流しにあった。その後、 道鏡が没落し京に戻された清麻呂は、桓武天皇に重用され、平安京遷都の造営大夫として活躍した。
広虫
和気清麻呂の姉・広虫は称徳天皇の側近の女官として重用された。しかし、清麻呂と同じく道鏡の怒りに触れ備後に島流しにされる。その後、京に戻り光仁天皇、桓武天皇に重用された。
また、広虫は、藤原仲麻呂の乱で孤児となった83人を保育した。その慈悲深さから子育て明神と崇められている。
霊猪
和気清麻呂が宇佐八幡宮に参詣しようとしたときに、300頭もの猪が清麻呂を囲んで守り案内したという伝説が残ることから護王神社では猪を霊猪として讃えている。拝殿の左右には一対の猪が相対峙している(ページトップの写真)。また、清麻呂は足が萎えて悩んでいたが霊猪のおかげで治ったことから、足腰の守護神とされている。なお、護王神社の境内には、いたるところに猪の像などが置かれている。
護王神社の所在地
〒602-8011
京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町385(地図)
護王神社への行き方
地下鉄丸太町駅から徒歩約6分
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