西本願寺を紹介しています。
由緒、見どころ、所在地、最寄駅などの情報を掲載。

西本願寺

西本願寺

由緒

西本願寺は、文永9年(1272年)に浄土真宗の開祖である親鸞の遺骨を安置するため、その娘である覚信尼が東山に建立した大谷廟堂が始まり。

覚信尼の孫の第三世覚如が再興し、本願寺と称するようになった。

その後、第八世蓮如が大教団に発展させる。

しかし、既存宗派や時の権力者との激しい対立により寺地を転々とすることになる。

寛正6年(1465年)には、比叡山宗徒によって東山の本願寺が破壊され、近江、摂津、河内と移転した後、文明10年(1478年)に山科に山科本願寺を再興した。

その後も天文元年(1532年)に法華宗徒と六角定頼によって焼討ちされ、大阪の石山本願寺に移転する。

ところが、石山でも足利義昭に味方し織田信長と対立したため、元亀元年(1570年)に石山戦争が勃発。

石山戦争は11年続いたが、織田信長が正親町天皇(おおぎまちてんのう)に調停を依頼し終結した。

その後も寺地の移転が繰り返され、大阪の天満を経て、天正19年(1591年)に豊臣秀吉の寄進を受け、現在地に移った。

しかし、慶長7年(1602年)に徳川家康が教如に烏丸六条の土地を寄進し、東本願寺が擁立されたことで、本願寺は西と東に分断された。

その後、元和3年(1617年)に御影堂(ごえいどう)と阿弥陀堂が焼失。

寛政13年(1636年)に御影堂が再建される。

寛政16年には、学寮が開設され、現在の龍谷大学となっている。

阿弥陀堂は、宝暦10年(1760年)に再建された。

なお、西本願寺は平成6年(1994年)に世界文化遺産に登録されている。

御影堂

御影堂

寛永13年に再建された御影堂。親鸞聖人の木造が安置されている。

阿弥陀堂

阿弥陀堂

宝暦10年に再建された阿弥陀堂。西本願寺の本堂で阿弥陀如来像が安置されている。

経蔵

経蔵

一切経を納めている経蔵(きょうぞう)。延宝6年(1678年)に建立。

唐門

唐門

伏見城の遺構の唐門。豊国神社大徳寺の唐門と合わせ、国宝三唐門のひとつとされる。

大玄関

大玄関

公式行事の際に使用される来客用の大玄関。

太鼓楼

太鼓楼

太鼓楼は、時を報せたり、法寺の合図として打たれた太鼓を備えるための建物。

西本願寺の所在地

〒600-8358
京都市下京区堀川通花屋町下ル(地図

西本願寺への行き方

市バス「西本願寺前」からすぐ
京都駅から徒歩約15分

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