金森宗和と金閣寺の夕佳亭

京都市北区の金閣寺は、世界遺産に登録されている寺院です。

金閣寺と言えば、金色に装飾された金閣が最も有名で、国内外から訪れる多くの観光客や旅行者を魅了します。

金色に輝く金閣は、一度見ると忘れられない美しさがありますね。

また、金閣寺は、金閣の他に茶室の夕佳亭(せっかてい)も有名です。

金森宗和好みの茶室夕佳亭

下の写真に写っているのが夕佳亭です。

夕佳亭

夕佳亭

この茶室から眺める夕日に映える金閣が殊に佳いということから、その名がつけられました。

金閣寺が創建されたのは室町時代ですが、夕佳亭が建てられたのは江戸時代のことです。

茶道家の金森宗和が後水尾天皇の求めに応じて制作に携わったと伝えられています。

夕佳亭に使われている南天の床柱は、とても貴重な物で、それを探し求めるだけでも多くの費用がかかったと言われています。

そのため、夕佳亭を建てるためにかかった費用は金閣をしのぐとも伝わっています。

また、南天の床柱の右側には三角の萩の違棚(ちがいだな)があり、茶室中央には古木の鴬宿梅(おうしゅくばい)が配されていて、夕佳亭は古今の名席として高い評価を受けています。

金森宗和の墓がある天寧寺

夕佳亭の制作に携わった金森宗和は、天正12年(1584年)に金森可重(かなもりよししげ)の長男として生まれました。

もともとは金森重近と称していた彼は、大坂の陣で父の可重が徳川方に味方することを批判して対立します。

そして、家を出て大徳寺で禅を学び、剃髪して宗和と名乗るようになりました。

金森宗和は、茶の湯にも秀でており、古田織部や小堀遠州の作風を取り入れながら活躍するようになります。

宗和の柔らかい優美な作風は姫宗和と称され、公家の間で評判だったとのこと。

金森宗和のお墓は、京都市北区の天寧寺にあります。

金森宗和の墓がある天寧寺

金森宗和の墓がある天寧寺

天寧寺の山門の前には、金森宗和のお墓があることを示す石柱が立っています。

天寧寺は、それほど大きなお寺ではなく、参拝に訪れる人も少な目で境内はとても静かです。

いつも多くの観光客が訪れる金閣寺とは対照的ですね。

でも、落ち着きのある茶室の夕佳亭の制作に関わった金森宗和にとっては、大勢の人で賑わう場所よりも天寧寺のような静かなお寺に埋葬されたことをありがたいと思っているかもしれません。

天寧寺は、山門越しに遠くの比叡山を望むことができます。

その景色が見事で、天寧寺は額縁寺とも呼ばれています。

参拝時には、じっくりと見ておきたい風景ですね。

宿泊